2026年8月10日月曜日

考えても生き返らないなら、考えても仕方がない

 母親が「パパ本当にしんじゃったの?」ってしょっちゅう言ってた

葬式の翌日も「パパがしんだのって本当に?」「パパがしんだなんて信じられない」なんて時折言ってた


そしたらその次の日の夜には、「こんなに考えても生き返らないなら、考えても仕方がない」と言い出した


なるほど、90代のばあちゃんが配偶者と死別した時に、おじいちゃんの話をしなくなったのはこれか

写真はもっていて、いたことは知っているのに、話題にしなかったのは

これがあったのかもしれない


AIと話していると、もっとやってあげたらよかったってあなたは思っているんでしょ?っていってくるんだわね。

でも私は、やれることはやったし、そろそろですって言われて間に合ってるし

特養でむりで出されるのに家では絶対に無理って思っていたし

介護医療院だから生きられているのかなと思っていた

だからもっとやってあげればよかっただなんて思うこともないんだけど、

必ず言ってくるAIは


葬儀用の写真に正面をむいているものだって、1999年より前しかなくて

ぎりぎりまで生きた人に対して、あれこれ言ったって仕方がないとも思っている

でも生き返ってほしいとは考えたこともなかったし

同じ年齢の親戚は、認知もちゃんとしているのになぁとは思う


本人が甘いお菓子がすきだったことも、血管を痛めた原因だったのでは・・って葬儀後2日くらいたって思うけど

すきに生きたんだから仕方ないよねとも思っている


まぁ死んだ人のことを考えても仕方がないってことだよね

喪失感はペットロスのときに感じたことに近いけど、ペットではないので、新しい家族をむかえるわけにはいかないからねとも思ってる


喪失感はあるんだけど、もともとのパパはとっくに失われてしまっていて

さらに存在が亡くなってしまった感じなんだね


だからどちらかというと、若いときのパパはあんなかんじだったなあって思うほうがなけてくるし

旦那が車で寝てしまった娘を抱っこしてあげているのをみて、私もだっこしてもらったなー 娘は私みたいだなーて思ったりしても泣けてくる



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