一歳半健診(一歳11か月までに、月1階催だった)に一歳8か月で行ったけど
相談したいことはありませんかの問いに、ありませんで、すべて完了した
世の中、発達障害が商売になってしまっていて、通う人は安く通えて、
通所先の人は補助金や給付金をもらっていて、新車を並べてどんどん店舗拡大して
規定の従業員人数が集められず、給付金を不正受給して、代表が変わって、看板に張り紙して
施設名を変えただけで営業している
発達は促すものなのか、それとも体が備われば自然とそうなるものなのか
ワクチンをうって病気をさせないと言いながら、1才前後の子供を保育の中に入れて
ものすごい数の病気にり患させている世の中で
今の正解が、数年後、数十年後正解といえるのかどうか
一度り患したら、もうかからないわけではなく、何型と形を変えて何回も り患する
かといって、人間の社会で育たなければ、人間の社会に適応した人間には育たないだろうから、子供の心をうまく守りながら、生きていくしかないんだろう
本人の生きやすさというけれど、学校の成績がプライバシーで守られていれば
ビリのやつだってふつうに通っていたよ
漫画なんて、休みに補講に通うようなやつばっか出てくるし
大半のやつはむしろ補講ってなに?って思って漫画読んでるだろうけど
補講に行くようなやつがいる環境でも普通に友達だったりするわけで
熱性けいれんがふつうみたいにインターネットにかかれているけど
聞いたことも見たこともなかった。まわりに子供が少なかったせいもあるかもだけど
イメージとして、脳にダメージが蓄積していって、突然死する子供もいるイメージなんだけど、高熱なんて出さなければ出さないだけいいと思うんだけど
そんな1歳前後から、病気にり患させる必要は、兄弟児が家に持ち帰ってり患する以外で必要ないと思うんだけど
保育園に通わせている公務員のいとこの家だけ、ものすごい数の病気に一年中かかっていて
私の祖父母の家に出入り禁止になっていた
そこの家は、コロナ禍もあってか不登校になり、公立校を受ける出席日数が足らなかったのか、田舎のあまり偏差値のよくない高校に入った
病気に何度もり患した影響ってどうなのかな
保育って、家庭教育の延長だったとして、そこから学童期にスムーズに小学校に移行できるのかと疑問なんだけど
ちょっとのびのびやっただけで、発達障害よばわりで、支援級送りになるんでしょ(イメージ)
家以外の場所で保育されて、外の環境でも家のようにのびのびふるまっていたら、要支援になっちゃうわけで
そこ理解して、公私をわけろって、小学一年生に理解させるの無理でしょ
生きにくさを感じるなんて、普通だと思うんだけど
むしろすべて平均的で、なにも感じずに生きられる人なんて私はいないって思ってたけれども
そのなかでも、なんとか折り合いをつけてやってくから、精神的に保つためにご褒美が必要なんでしょう
できれば酒は辞めた方がいいと思うけど
大学生くらいのときに、楽しい酒だけ経験して脳に覚えさせておけば
梅雨のじめじめしたときに、炭酸水やノンアルコール飲料を飲むだけですがすがしく楽しめると体感している
障がい者でも、重度の方だと、障がい者年金とかもあるかもしれんけど
軽度で知的障害認定されても、作業所で工賃で働かされたり、大人になったとき困らないのかという疑問もある
発達障害の商売のレールに乗らされるポイントをかわしておけば
本当に困っている重度の方以外は、どこかの時点で育つと思うんだけどね
周りに困るような特性ばかりの子供がいる環境で、訓練されて、求められる素養が身につくとはとても思えなんだけど
子供自身が迷惑をかけているならともかく、おとなしい子には必要ないと思うんだよね
小学生のとき、しゃべらない、ものしずかな女の子なんて、女の子の半分くらいはいたもんだ
慣れない環境でべらべらしゃべれるのって、それはそれで特性というか、家ではすごくしゃべるらしいよっていううわさの女の子もいたよ
ただ昭和は偏差値の低い学校に行けば、それだけ揉まれるということで
楽をするために進学校に進むために、塾にまで行って勉強したもんだ
今はどうなんだろうね
公立中学が金髪などいて荒れていたため、私立中学に進学したけどね
中学は勉強させるから、やっぱり学校は勉強させる場であって
生活の場ではないとおもうんだよね、教育の場なんだよ
保育って、どっちかといえば、介護みたいに時間をつぶして、風呂には入らないみたいだけど、世話をしてもらうところっていうイメージで
昭和は人口も多かったから、そして専業主婦も多かった時代に、うちは自営業だったから
幼稚園が2時で終わると、もう終わりかって感じで、ひいばあさんとか、従業員の女の人に迎えにいってもらったり、大変だったみだいだけどね
親が夫婦で京都旅行に行ったりして、じいさんばあさんが泊まりにきたりしていたよ
今ブログ読んだ感じだと、考えられないよねじいさんばあさんが泊まるなんてさ
じいさんばあさんの家に泊めるのがギリじゃないの
うちは母方の苗字だし、婿養子だったから、いろいろと普通じゃないのかもね
婿養子特典なんてなかったと思うけどね、姉妹しかいなかったからそうしたみたい
ふつうに生きるなんて、ふつうって何って感じで
適当に世の中とうまくやっていけばいいと思うけどね
詐欺師が横行しているから、個人が個人がになり
昔あずけた貯金を簡単におろせない環境にもみんな辟易していると思う
団塊の世代なんて、「主人」名前で口座に貯金しているのが普通だと思うんだよね
今みたいに、共働きで別々に銀行口座を扱っている家庭なんてそうそうないと思う
それは「へそくり」って呼ばれたんだよね
それで、銀行に行っても、ATMのカードを老人は作ってないから
住民票のある住所と、実際に住んでいるところの住所が違うと最悪だよ
住民票のあるところの住所にしか送ってくれないし、「転送不要」なんだよね
いつ送ってくるかもわからんし、とりに帰るにしてもさ
「主人」が特養に入所していて、銀行に行けないのに
銀行でお金の出し入れをしていないから、口座をとりやめるので「本人」が取りに来いっていう都市銀行があるんだよ
そのとき、妻で代行ができないんだよ
それなのにLGBTの人は結婚したがるけど
令和の「妻の座」なんてひどいもんだよ
非常に個人主義で、夫婦別姓ですらないのに、LGBTが結婚なんて無理だと思うよ
うちは籍を入れてなかったけど子供ができたから籍を入れた程度で
子供のために籍をいれるだけで、苗字が変わるなんて大変だよ
まずは夫婦別姓からだろって私は思うし、
子供が郵便局で、老夫婦と同じ住所じゃないから家族じゃないって言われるんだよ
子供が老親のために、1万円以下の株の配当を受け取るのにも男女差別を受けるわけ
私が受け取りに行くと詐欺師扱いで、私の姓名になった旦那(私と同じ住所で親の住所とは違う)が受け取りに行くとなんにもいわれないわけ
そんな男尊女卑が残っている世の中でLGBTなんて無理に決まってるよ
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